以下に「語り手」をつけて、ただの「会話」を物語化することのメリット・デメリットをまとめてみました。
1)背景やストーリーが加わることで、生徒が会話の意味や意図をより具体的に理解しやすくなる。例えば、単なる挨拶のやり取りでも、誰がどのような状況で、何を意図しているのかが明確になることで、内容に感情移入しやすくなります。
2)物語風になれば、印象深く、ただの会話文よりも記憶に残りやすい。
3)物語化された会話文は、日常生活での実際のコミュニケーションに近づきます。生徒の想像力を引き出し、語り手や登場人物の気持ちを考えることで、より深く内容を理解するだけでなく、学習意欲の向上につながります。
4)物語になることで、会話のやり取り練習に現実感が生まれます。つまり自分のこととして捉えやすくなります。
5)その章での学習内容ではないもの。現在形を学んでいるときに出てくる「過去形」も物語であることで自然に経験することができます。
デメリットとしては、分量が多くなり時間を余計に要するようになります。教材変更の分だけ指導者の負担が増えるでしょう。しかし生成AIにアシストしてもらえば、さまざまな例文が提示され選択肢や自由度が増しますからデメリットでもないように思います。
指導のポイント
文法事項は遠近感を意識して分類し、解説を加える
・今回この章で押さえておきたい文法事項は従来通りのやり方で。
・今後の学習で詳しく扱う予定の事項に関しては、簡単な説明で済ませます。
・語順訳をされるのであれば、その訳をさせている時点で、まずはその項目の役割を
話しましょう。まとめの学習ではその箇所の音読を優先した方が良いでしょう。
要は求め過ぎず、「気づき」を促す程度に。
ただし、隣接する内容は比較してみることも大事です。
例えば時制では、現在形を単独で教えるより、過去形、未来形との比較対照する方が良いでしょう。使い方の詳細はその時が来るまでしなくてよく、とにかく英語の動詞には時制によって形が変わることくらいは伝えておくと良いでしょう。つまり「時制」と言う枠組みがあることがわかれば良いと思います。
語順訳の実践編
語順訳は文法事項を「教える」ために行うものではありません。またできるだけ自然な日本語訳(翻訳)を求めるものでもありません。英語の語順に沿って訳すことで日本語の語順とは異なることを経験させたいわけです。また、主語、述語動詞、目的語といった文の要素にいちいち立ち止まり、確認することで、その概念の定着を図りたいのです。これは一朝一夕でわかることではありません。一定水準の音読と相まって語順感覚の獲得につなげたいのです。大切なことは、日々音読の質を上げてゆくことと、訳のためのルールをいつも参照するということでしょうか。
最初の2文を訳してみましょう。
One afternoon after English class, Riku met Ms. Brown in the music room.
She had just started teaching at the school.
(この段階で取り扱わない単語や新出単語などは意味を書いておきます)
(まずこの文を音読、イントネーションなどが出鱈目なら修正して繰り返します。)
One afternoon (生徒は声を出し、その意味を言う。以下同じ)「ある午後のこと」
after(やはり声に出し)「〜の後の」を言った後、「ある午後のこと」とつなげる。
(ただし、~は「ナニナニ」と言い、そこには後の言葉が入ると説明します)
「〜の後のある午後のこと」(「〜の後のある午後に」でもかまいません)
English class「英語の授業」 先ほどの語句につなげる。「英語の授業の後のある午後のこと」
Riku「りく」「英語の授業の後のある午後のこと、りく」ここまででは、Rikuはまだ主語とは限りませんので、「りく」とだけ訳します。
met「会った」ここで述語動詞が出てきましたので、その前が主語とみなすことができますので、「りくが」「りくは」と訳すように導きます。「英語の授業の後のある午後に、りくは会った」(ここではmetは過去形と言い、現在形はmeet=会う、であると説明)
Ms. Brown「ブラウンさん」(述語動詞の後の名詞は目的語と言って、その言葉の後に「を」や「に」をつけると説明します。
(始めたばかりの段階では、「英語の授業の後のある午後にりくは会った、ブラウンさんに」と訳してしまうことがあります。この時登場するのが、「日本語にするとき、述語部分は文の最後にくる」、と言うルールです。単に英日では語順が違うと説明するのではなく、英文の流れに沿って訳してゆくと、そうしたくなるのはわかるけれども、日本語文では述語は最後にきますから、そこを変えるように指示します)
「英語の授業の後のある午後にりくはブラウンさんに会った」
in 「〜で」(ここでもつなげた時に「英語の授業の後のある午後にりくはブラウンさんに会った、〜で」となりがちですが、先述の通り、日本語では述語動詞は最後に訳す、と言うルールに気づかせて)「「英語の授業の後のある午後に、りくはブラウンさんに〜で会った」(「りくは〜でブラウンさんに会った」でも良さそうですが、あくまでも英語の語順にできる限り沿うように訳します)
the music room「音楽室」(この語句を〜に当てはめます)「英語の授業の後のある午後にりくはブラウンさんに音楽室で会った」
She「彼女は」
had just started「ちょうど始めたばかりでした」(完了形の話などせずに進めます。)
「彼女はちょうど始めたばかりでした」
teaching「教えること」「彼女は教えることをちょうど始めたばかりでした」(ここも目的語について注意を促します)
at 「〜で」「彼女は〜で教えることをちょうどで始めたばかりでした」
the school「その学校」「彼女はその学校で教えることをちょうど始めたばかりでした」
このように初めはとても時間がかかります。文の要素が少しでも入り、語句の配置感覚が備わってくると、チャンクごとに訳せるようになりますので、ぐんと時間は短縮されますが、それでも大勢の生徒を相手に大変ではあると思います。いくつかピックアップしてみるのがいいかもしれません。訳のルールは生徒それぞれが持っていることになりますが、大きくして教室に貼れば全員で確認できるでしょう。訳が滞ったり間違えたりした時は、とにかくルール表を見て確認すると言うことが肝要です。
まとめるとこうなります。
教科書の会話文に語り手をつけ、物語化する。
↓
全文を繰り返し音読。
↓
1文を音読し、語順訳をして意味を把握。
↓
今回の授業で最低限押さえたい文法事項の説明
それが出てくる英文の音読
↓
その他、これから先の授業で説明する予定の文法事項の簡単な説明
それが出てくる英文の音読
↓
全文の音読を繰り返す
この音読は、この章の締めのようなもので、できれば全文の暗記を求めたい。
語りの地の文を含めた上で会話のやり取りをさせてみたいものです。
教科書を丸々1年分こうしてくださいというわけではなく、いくつかの章を選び、深く掘り下げてみるというのではどうでしょうか。
語順訳と音読の学習は最終的には速読につながり、長文読解が得意になります。チャンク単位での意味把握がうまくいくようになると、文型が見えてきます。逆に文の要素を強く意識させられれば文型感覚が育ち、文の中のチャンクが見えやすくなります。いわば相互的な働きがあります。個々の文法事項、三単現、doesの使い方、be動詞と一般動詞といった事項の理解に先立ち、英文の語順感覚を育てたいものです。そのために文の要素理解を図り、文系概念を掴ませる。そして、そのためにこそ教材は常にある自然さを必要とします。会話を本当に身につけさせようとするなら、自由に英作ができる必要があります。英作文を作る根底には、文法知識以前に英語の語句の配置感覚が不可欠ではないでしょうか。