渋谷の事務所の近く、公園に隣接したところにその建物はあり、いつもは小さな子供たちの行き来が絶えない。そこに地震以来ロープが張られ、今日もまだ掲示がなされていた。
地震による影響があったと見えて、再開を先に延ばす旨が書かれている。公の建物だし、子供たちが使うものなので細かい心遣いをしているのか、それとも影響が結構大きなものだったのか。
地震当日私たちのいる事務所(7階建ての2階)も大きく揺れ、37年間東京にいて、地震には慣れきっていた私でさえ、身の危険を感じる揺れであった。
千葉県浦安市だけでなく、東京都内も場所により、建物によっては深刻な被害を受けたのかもしれない。被害の大きいところだけでメディアの記事、ニュースは埋まってしまうから、被害を受けた人たちが口々に情報発信すればこうした例はたくさん集まるのかもしれない。
さて、震災前のニュースで、東京の幹線道路の沿線の建物に対し、耐震構造化を図るよう都が呼びかけているが一向にはかどらないというのを耳にした。災害時に緊急車両をスムーズに通すためには当然の処置だ。補助金を出すからといっても、積極的に直すところが少ないということだった。
私たちは今、原発のことで「想定外」では言い訳に過ぎないという批判をよく耳にする。危険と隣り合わせの、公共性の高い建造物であるから当然のことといえる。だが考えて見ると、道路沿いの個々の建物は個別の所有物で、それぞれの規模が小さいとはいえ、東京都という町全体を考慮する立場からは、この1200万人が住み、多くの勤め人が毎日流入する都市は、それ自体が巨大な公共建造物群である。
もし大地震が東京を直撃したときは、そのうちそのうち、と先延ばしにした付けが一編にやって来ることになる。そのとき他の地域の人たちから見れば、「想定外」の地震でしたは無いだろう、となるのだろうか。
ほんとうは日本中どこでも同じであるはずだ。「想定」は過去に習い、その時々の経済力や、金銭感覚や、知識のない交ぜのなかでなされるわけだから、つい小さく見積もりたくなることもありうるだろう。
建物が崩壊し、中にいた人たち、通りを歩いていた人たちが事故死することがあっても、それは「天災だからしかたがない」となるのだろうか。
むしろ恐ろしいのは、大きな地震がくれば当然この建物は壊れ、その下敷きになる可能性は大きいなと、それぞれの立場の人が「想定」はしていても、何かを変えるには無数の条件をクリアしなければできないことなのだと思う。
というのは、人は意外と先の災害より今の幸福をつい願ってしまうからである。現実と想像力の確執ともいえるだろうか。
地震災害についてははるか昔、物理学者、寺田寅彦が警告を発している。
2011.5.10